【読書案内】受け継ぐことで磨かれた科学―伊東俊太郎『近代科学の源流』感想

自然科学

概要

近代西洋科学は17世紀に突如生まれたものではなく、さまざまな面でそれ以前の中世に深く根を下ろしていた。本書では、ラテン世界とアラビア世界に亘り4~14世紀の忘れられた1000年の中世科学の空隙を解明する。科学史の碩学が史実を巨視・微視的に捉え、多くの重要文献からアプローチした名著。図版多数収録。

(カバーの裏表紙より引用) ※なお漢数字は英数字に改めた。

はじめに

西洋の科学は、ギリシャ文明からアラビアを経由し、ルネサンス期に再度復活する。そして科学革命へと繋がっていく。

また、中世は暗黒期で文化的には低調な時代で、アラビアは単なる伝達者に過ぎない…。

というのは、もはや過去の話です。

現在の理解では、中世でも12世紀ルネサンスを始めとする復興もあり、アラビアでも独自の考えが発達し、西洋の科学に影響を与えた、と考えられています。

中世ラテン・ビザンツに残された文化

ギリシア文明に続くローマでは科学は形骸化し衰退する。かろうじて百科事典的な知識が残された。ただヘレニズム時代になると、アレクサンドリアを中心にギリシア文化の研究が深まっていった。

また、ローマ帝国から分裂したビザンツでは、ギリシア語の使用が続いていたため、ある程度地続きで文化が保存された。

中世初期のラテン世界では、キリスト教父によって、キリスト教とギリシア文化との関係が模索された。時代を経るごとに異端思想の排斥という流れから、折り合いをつけるという意味での調和の方向へ進んでいく。

アラビアによる独自の発達

アラビア語圏(≒イスラム教)へのギリシア文化の受容は、シリア語からアラビア語へ翻訳される形で進行した。その多くは異端としてキリスト教から迫害されたネストリウス派が担った。

アラビアでは、理論と実践を同レベルで扱う(実践を低く見ない)。そのため医学や占星術、錬金術などの実践的科学についても独自の発達が見られた。続く中世ラテン世界へもたらした影響は大きい。

12世紀ルネサンス以降

12世紀の西欧では、レコンキスタ(キリスト教側の失地回復運動)が進んだこともなり、アラビア語からラテン語への大翻訳運動が行われる(中心地はかつてのアラビア語圏・その近隣など:北東スペイン、トレード、シチリア、北イタリア)。

西欧ラテン世界での特徴は、方法論革命。「数学的合理性」と「実験的実証性」の統合がなされた。

17世紀に始まる科学革命は、中世の影響を受けているものの、やはり根本的に異なる側面も持つ。アリストテレス的世界観の否定(コスモス的世界像の否定、目的論的・生気論的自然観から粒子論的・機関論的自然像への転換)、科学的方法の確立、担い手の変化(神学に帰する思弁的理解から現象を扱う「科学者」)など。

おわりに

噂に違わぬ名著でした。

ヨーロッパとアラビアという異なる言語圏を扱いつつ、長期的な歴史を体系だてて説明しています。

それでいて一般人にも分かりやすい、類い稀な本です。

科学に限らず多くの知識は、数え切れない多くの人間の手によって連綿と伝えられてきたことに感謝したいと思いました。

知的好奇心を大いにくすぐられること間違いなしの一冊です。

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